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ゴセット、フィッシャー、ネイマン―統計学史(3)

2017/08/14

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カール・ピアソンまでを近代統計学とするなら、現代の統計学を拓いたのは、ゴセット、フィッシャー、ネイマン、そして、カールの息子、エゴン・ピアソンの4人といっていいでしょう。

ゴセット(William Sealy Gosset、1876-1937)が、後にスチューデントのt分布と呼ばれる分布曲線を発表したのが1908年のことです。ゴセットはギネスビールの技術者でしたが、1906年から1907年まで休暇をとって、ゴールトン生物測定研究所のピアソンのもとで論文をまとめました。ゴセットは論文発表の事実を会社に伏せておくために「スチューデント」というペンネームを使ったのです。t分布の「t」もゴセットによるものではなくフィッシャーに由来します。ゴセットは控えめな性格だったようで、自分の発見が、後年、これほど世に広まるとは考えてもいなかったでしょう。

現在の主なパラメトリック手法の殆どを考案したのがフィッシャー(Sir Ronald Aylmer Fisher, 1890-1962)です。コンピューターが使える時代に生まれていたら、多くのノンパラメトリック法がフィッシャーによって発表されていたでしょう。1925年に出版された『研究者のための統計的方法』は、日本語も含め各国語に翻訳され、世界中の研究者のバイブルになりました。この本には、実験結果を統計的に記述し、評価するためのテクニックが詰まっています。1935年には、『実験計画法』を出版していますが、この2冊が無ければ科学技術の進歩は数十年遅れていたかもしれません。

フィッシャーは何かとエピソードの多い人物です。カール・ピアソンとの対立はとりわけ有名です。ゴセットがフィッシャーとピアソンの仲をとりもとうとしたこともあったようですが、この対立は根深く、フィッシャーはカールの息子、エゴン(Egon Sharpe Pearson、1895-1980)にも冷たくあたっていました。1930年代に入りカールが事実上引退すると、彼が築き上げたロンドン大学の生物測定学科は2つに分割され、フィッシャーが新しくできた優生学科の学科長に就任します。同時期、縮小された生物測定学科にはエゴンが就任します。その後、優生学科はナチスに繋がるものとして、第2次世界大戦と同時に解体されてしまいます。1952年にはナイトの称号を受けますが、学者としてのピークは過ぎていました。また、フィッシャーは愛煙家としても知られています。そのことが関係しているのかどうか判りませんが、喫煙の危険性に反論する論文を1957年に発表しています。

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さて、エゴンは1歳違いのポーランド人、イェジー・ネイマン(Jerzy Neyman、1984-1981)と親交を深めました。現在の統計的仮説検定の作法はこの2人が作り上げたものです。2人は、1928年から共同で幾つかの論文を発表しています。この論文の内容はネイマン・ピアソンの原理(Neyman-Pearson lemma、補題、公式ともいう)として知られ、帰無仮説(null hypothesis)を誤って棄却する確率(第1種の誤りの確率)と対立仮説(alternative hypothesis)を誤って棄却する確率(第2種の誤りの確率)、αとβを最小にする棄却域の設定の方法を述べたものです。有意水準や検出力(1-β)もここから生まれてきました。

このあたりの顛末について興味を持たれた方へは、サルツブルグが書いた『統計学を拓いた異才たち』をお薦めします。ゴセットやフィッシャーの書いた論文を読んでみたいという方は、ヨーク大学やアデレード大学にアーカイブがありますので、こちらからどうぞ。ヨーク大学のサイトには、全員のポートレートも公開されています。


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